暗闇のスキャナー

 映画化するというので予習がてらに四年間ぐらい放置していた暗 闇のスキャナーを読了。
いや、これは素晴らしいですね。放置していたのが実にもったいない。高校のときに読んでおきたかった作品です。
 どこからともなく供給される麻薬、物質Dについて探るため、覆面麻薬捜査官アークターは捜査官ナカマにも知らされずに中毒者グループに潜入していたが、ある日上司から、自分自身を監視するように命令される……
 という感じでああいかにもディックだなあというあらすじではあるのですが、訳者後書きにもあるように他の長編作品とは結構毛色の違う小説です。ユービックやら他の作品にはいつもあった超常的な存在、あるいは現実が崩壊して高次元の現実が出てくるということもなく、ただひたすらに現実は確固として存在し続けます。そのかわりに、崩壊していくのは登場人物の精神、というか麻薬漬けになった脳みそなのです。登場人物は背後に存在するものにあやつられるなどということはなく、自分の判断ミスによって破滅の道を歩むというだけ。その人の現実が崩壊しても、作者を含め周りの人間は廃人となった彼を冷静に見つめている。そんな話を作者は非常に同情的で感傷的な視点で描いています。
 こういう話は高校生のときの自分がとても大好きだったので、当時読んでいなかったのが残念でなりません。今は昔のようには読めないので。
 そういえばディックはヴァリスでその超越的な意味不明さに打ちのめされ、聖なる侵入で挫折してから読まなくなりました。だれかヴァリスを理解できた方は僕に教えてください。
 というわけで暗闇のスキャナー強くお勧めです。と書いて読む人は間違えなくいないわけですが。